CP-100からα100まで


●鈴電のデジカメ遍歴

 1, EPSONからニコンへ

1996年の8〜9月にかけて初めての海外出張ってことでマレーシアに行く際に買った最初のデジカメがEPSONのCP-100です。当時はCASIOのQV-10が大人気だったんですが、画質に不満があったのと他人と同じモノを持つのに抵抗があったんでこっちにしました。確かに、35万画素のデジカメにしてはそこそこの画質だったように思います。それにストロボもついてるのも良かったです。ただ、やっぱり液晶モニターがついてないんで画面が傾いたりしてもその場で確認出来ない、ってのはやっぱり辛いものがありました。パソコンとの連携手段がシリアルケーブルしかなかったのもダメダメですね。いかにもオモチャっぽいチープな見た目が今なら失笑モノかもしれませんが。内蔵メモリの容量が2MBって今じゃ想像も出来ませんね。

その後に出たCP-500はいきなり81万画素になり、デザイン、大きさ、機能などCP-100からは一気に改善が進んだようです。ただ、LCDモニターが付いたせいで電池がすぐに無くなるのは不満のタネでした。その後に出たCP-600は見た目はCP-500と大差無いようですが、画素数は81万画素からメガピクセルの131万画素にUPし、マニュアルで露出、ホワイトバランス等の設定が出来るようになり、CP-500で問題のあった電池寿命の方も幾分は改善されたみたいです。当時はNIFTYのOFF会写真なんかもこのデジカメで撮ってたもので、このデジカメはコンパクトな外観、メガピクセル(131万画素)、光学ズーム付き、マニュアル機能搭載など当時のEPSONのデジカメシリーズとしては一つの完成型だったのではないでしょうか。画質自体には十分満足していたんですが、露出、ホワイトバランス等の設定がSW OFFで消えちゃうのはいただけなかったですけど。このカメラは「第50回札幌雪祭り(1999/2/7更新)」まで使い続けました。

CP-100(EPSON) CP-600(EPSON)
マレーシアのペナン島(1996年) 小樽運河(1998年)

その後、「鈴電、長崎に現る(1999/5/2更新)」からはCP-700Zを使い始めたんですが(CP-800には光学ズームが無かったので)、機能的にも露出、ホワイトバランス等の調整や感度の設定などCP-600からはカメラの光学部分が随分と強化されていたものの、画素数は現状維持、外光取り入れ型の液晶にしたせいでガタイが一回り大きくなってたり、いくらEPSONマニアだったとはいえ当時の自分がなぜにこんなデジカメを買ってしまったのか今では不思議に思えてなりません。結局、これ以来デジカメではEPSONと縁を切ってしまいました。

その4ヶ月後の「秋の道東巡り(1999/9/26更新)」からはレンズがくるりと回転する200万画素機、ニコンのCOOLPIX-950を使うようになりました(早っ)。買ったのは川崎のヨドバシカメラで、「品薄状態ですが、あと一台在庫があります。」なんて言われてあっさり陥落。あと一台って言葉に弱いのは鈴電の特徴かもしれませんけど。結局のところ夏休みの北海道旅行で夜景の撮影が失敗したあたりがキッカケになったのは確かです。もっとも、夜景の場合にはデジカメ云々よりも三脚の方が大事かも。それと、マニュアルフォーカスが出来るってのも魅力かなぁ、などと考えたんですが。それにしても、こいつのWBがここまで使えないとは思ってもみませんでした。桜を撮っても紅葉を撮ってもまともな色にならず、しょーがないので蛍光灯モードで撮影してからPaint Shopで色相をシフトするような変則的な使い方を強いられることになろうとは、、、。

CP-700Z(EPSON) COOLPIX950(ニコン)
ハウステンボス(1999年) 上野恩賜公園(2001年)

2000年の夏に道東に行って知床や釧路湿原の写真撮ってて何より思ったのは「もっと広い範囲」を一画面に収めたいってことでした。なにせ目に映る広大な景色もデジカメのファインダーでは狭すぎるんですから。デジカメなら三脚使って角度を変えて撮影して後で一枚に結合するパノラマ写真の作成法が可能なんですが、いかにも面倒くさい感じだったんで、思い切ってニコンの広角撮影用レンズ:ワイドコンバータWC-E24(\7,840)と、ついでに望遠用レンズのテレコンバータ:TC-E2(\11,200)もいっしょに川崎のヨドバシカメラで購入しました。広角の方は2群2枚・倍率0.66倍・合成焦点距離4.6mm・画角88°、望遠の方は3群4枚・倍率2倍・合成焦点距離42mm・画角11°です。

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